修学旅行のように気の置けない仲間とわいわい楽しむ旅もいいけれど、ひとりで気の向くままに偶然の出会いを楽しむ旅もいい。けれど、ひとり旅はだれかと共有する機会がないのが残念なところ。
そこで、こんなコーナーを立ち上げました。
題して、「最高のひとり旅」。
第1回は、編集部スタッフの旅をお届けします。
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理想の旅と人生の選択
思い立ったが吉日。ものごとに対して腰が重いタイプだけど、旅に対してそう考えている。次の夏休みはここへ行く、という目標を立て、そこに向けて頑張るのもいいけれど、私の場合は違う。「行きたい」と思ったら、その場で航空券を予約。日数は少なくていい。数日後には出発するという、そのスピード感が好きなのだ。それこそ、ひとり旅の醍醐味である。
これまで、そんな旅を幾度となくしてきた。向かう先は様々だったけれど、自分を奮い立たせたいときに向かう先だけは決まっている。城である……!
松本城。
数年前、10年以上勤めた会社を後先を決めずに退職した私はすこし、いや、けっこう弱気になっていた。明日も明後日も仕事がないし予定もない。なんにもない! あるのは、家の床に転がっている私だけである。ならばと、土日休みだけでは行きにくかった松本城へ向かうことにした。
新千歳空港からは1日1本。しかも、午後の便しかない。到着したところで、その日に動ける範囲はたかが知れている。ところが私には次の日の予定がない。とりあえず松本駅近くのホテルを2泊予約した。平日だし、必要あれば延ばせばいい。
無事、松本空港に到着すると、残り数十分で観光名所がクローズする時間。私は迷わず夕飯を買い込み、ホテルへチェックイン。この日はこれで終了した。
翌朝8時。ホテルを出て、松本城へ向かう。開場まですこし時間があったが、それでも城のあるまちにいるというだけで心が晴れやかになる。開場し、じゃり、じゃり、と音を立てながら歩く。うっすらと青い空に、すこしずつ黒い姿が見えてきた。
おそらく必要ない情報だけど、松本城に限らず城を訪れるときは、攻め入る気持ちを持つことにしている。
数年前、城に関する番組で「どうやって攻め込むのか考えながら歩く」という話をされている人を見てから、いつのまにか自分もそんな目線で楽しむようになっていた。
積み上げられた石垣を背に、この位置にいると上から丸見えだとか、曲がると正面が開けて隠れる場所がないだとか。苦悶の表情を浮かべながら、牛歩、いや、それよりも猛烈に遅いスピードで進む。なぜなら私はいま、攻め入っているのだ! 当時の人たち同様に(?)事前に作戦を練りながらも一瞬の判断が運命を分けると、心臓をばくばくさせながら忍び込んでいるのだから。
そんなふうに自分を変えてくれる城は、やはり偉大だ。
松本城天守は内部を見学することもできる。いざ! と靴を脱ぎ、靴下で滑りそうになりながら急な階段を上り、途中、矢狭間が。「ここから狙うのか……!」と外を歩く観光客を片目でのぞくと、一度抑え込んだ興奮が再びふつふつと湧き上がってくる。
ー大天守 最上階6階からの眺めー
そうこうしていると日が暮れてしまいそうなので、何時間でもいられる松本城をあとにし、近くをふらふらと歩いてみることにした。すると、目に飛び込んできたのは、街灯にくくられた赤白の水玉模様。『草間彌生 ALL ABOUT MY LOVE 私の愛のすべて』展の告知旗だった。旗に導かれ、坂になっているのかと思うほど吸い込まれるように松本美術館へ向かう。
ー松本市美術館。鮮やかな色が目に飛び込むー
過去に直島を訪れて、「赤かぼちゃ」「南瓜」と写真を撮った。直島は、地図に目を落とすと数秒で「どこに行きたいの?」と声をかけてくれる人があふれる、やさしい場所だ。一軒家をシェアするタイプの民宿に泊まり、同時に利用していた女子たちとお菓子や果物を食べながらおしゃべりをした思い出がある。
ー「大いなる巨大な南瓜」展示ー
到着すると、目の前にどどん! と水玉。思いもよらず、また黄色い「南瓜」に会えた。お久しぶりでございますと挨拶を済ませ、中へ。どこまでもパワフルな作品に終始圧倒された。
(撮影OKエリアにて)
映画館でヒーロー映画を見ると、いまは世を忍ぶ仮の姿で、実は自分もヒーローなんだと錯覚するように、松本城と草間彌生展でパワーをもらった私は、すっかり強気になっていた。ここで帰るわけにはいかん、この力を使わなければと、松本3日目の朝8時、新幹線に飛び乗り、東京へ向かった。この選択は正しかった。
ー松本駅を出発してすぐの新幹線の車窓から。桜並木が続いていたー
ひとり旅は、自分ひとりで決断し、行動できるのがメリットだ。理想の旅になるように、自分が後悔しないように、100%自分のために動く。ひとりだから慎重になるけど、ひとりだからこそ大胆になれる。
この大胆さを、人生に取り入れられないだろうか。旅の最中、私の選択はことごとくよいほうへと連れて行ってくれた。旅の目的地を「松本城」にしたことで、時間の使い方がシンプルになり、行動範囲が狭かったことで草間彌生の展示会にも訪れることができた。そして、東京へ向かうことができたのは、自分の体力面を直感で信じられたから。
最近、とあるYouTubeでこんな話を聞いた。
「世の中には膨大な情報がある。だから、その人がふだんから考えていることをフィルタリングして目に入るようになっている。自分はダメだ、できないと思っていたらそういう情報しか入ってこない。理想の自分に近づくためには、ふだんから理想の自分を生きること。そうすれば入ってくる情報が変わり、理想の自分に近づく選択をしていくようになる」と。
旅の選択、人生の選択。重みは違うかもしれない。
けれど、人生は旅だ、という人もいる。
ー2018.3月 松本城ー
東京に到着し、夜は好きなバスケチームの試合観戦へ。
応援している選手が力強いシュートを連発し、チームを勝利へと導いた。
書いた人:kahoru
インタビューメディアや企業サイトで記事を書くライター。うさぎさんとバスケをこよなく愛するが、他にも広く浅く好きなものが多い。最近は小型ラジオでざらざらした音を聞くのにハマっている。